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富士山日帰り登山をやってみた(富士宮から御殿場) [旅行]

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↑浜石岳から望む富士山

1.なぜ富士山に登ろうとしたか
 富士山は日本で最も標高の高い山である。同時に誰もその山容を思い浮かべることのできるほど美しい山であり、知らぬ人がいないほど有名な山だ。またその頂上から日の出を迎える「ご来光」は他の山にはない特別な意味を持っている。
 富士山は見る山だ。登って楽しい山ではない。
 実際に富士山に登った人もそのようにいう。岩ばかりで歩きにくい。下界の景色は雲に遮られて見えない。山小屋では眠れない。彼らはそのようにいう。しかし富士山はおそらく日本で一番登頂者の多い山である。これは古来より信仰の対象となっていて登山道が整備されていたことが大きいし、何より日本一の山であることで、登り切った時の達成感が大きいのが理由だろう。もちろんその魅力に取り憑かれて何度も登っている人がおり、それが多くの人が富士山を目指しているのだろう。
 かくいう筆者も「富士山は見るに限る」と決めていて、富士登山に全く関心がなかったのだ。そんな筆者は富士登山を思いついたのは、2018年の7月に入ってからであった。何故急にそう思ったのかわからないが、何となく富士山が呼んでいるような気がしたからだ。それは現実的でないにしても、要するに歳を取ってからではできなさそうなことに挑戦したくなったのだろう。
 富士山というのは一般客が登れるのは7月から8月の間。大雑把に言って学生の夏休み期間中だ。しかし別に学生に合わせているのではなく、富士山の夏は短く、それより前や後は雪の残る氷の世界なのだ。当初私は9月の登頂を考えていた。その方が空いていると考えられたからだ。しかし9月になると山小屋が閉鎖されてしまい、トイレをするのもままならないという。小用の近い私としては死活問題だ。何しろ富士山は岩ばかりで樹木がない。つまり身を隠すところがないので小用もできないのだ。さらに汚物の処理も問題だ。したがって、富士登山は山開き中の7月か8月に行くことに決めた。
 次にどのような日程で登るかである。富士登山で検索すると初心者は山小屋で泊まることを推奨している。一般的なツアーは昼間に五合目から八合目を目指し、夕方にそこにある山小屋に泊まる。深夜1時頃から山頂を目指し、寒さで震えながらご来光を待つ。明るくなったら登山道を下りて五合目に戻る。1泊2日の行程だ。ご来光を前提とする限り、頂上に近いところにいる必要があるから山小屋の宿泊は避けられない。5合目から頂上までは6時間ほどかかり、夜通し歩かないといけないからだ。しかし山小屋というのは雑魚寝で混雑時は畳一畳に3人ぐらい押し込められることもあるという。プライバシーもなく、一人旅が多く他人のいびきを気にする筆者としては山小屋は避けたかった。ご来光を仰げるのは魅力的だが、その場合暗い夜道を歩いて頂上を目指さなければならない。初めての富士登山で景色が見えないというのは何だか損した気分になるのではないか。
 そんなわけで富士登山は日帰りで挑むことにした。つまり朝早くから五合目から登り、昼に頂上に到達し、夕方に五合目に戻るというものだ。本来登山とはそのように計画するものだ。富士山を目指す人はご来光という言葉に惑わされているのではないか。
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↑富士登山4大ルート(http://www.police.pref.shizuoka.jp/osirase/sangaku/fujiyamamap.htmlより引用)
 富士登山は大きく分けて4つのルートがある。吉田、富士宮、須走、御殿場の各ルートである。
 吉田ルート(黄色)は富士山の北側に位置する山梨県富士吉田市から登るルートで首都圏から最も行きやすく、山小屋の数も多い。富士登山者の約半数が利用しており、いわゆるツアー客もここを利用することが多い。
 富士宮ルート(青色)は富士山の南側に位置する静岡県富士宮市から登るルートで、4ルートの中で最も歩行距離が短い。その代わり勾配がきつく体力が必要とされる。各合目の休憩所から次の休憩所や頂上が見えるので目標を定めやすく、各合目がほぼ1時間ごとに存在するのでペースを掴みやすいという利点がある。また関西圏から行くのに便利だ。
 須走ルート(赤色)は富士の樹林からスタートするので日陰になって体力的に負担が少ない。また下山道が砂地なので膝の負担が少ない。しかし山小屋の数が少なく、歩行距離が長いという難点もある。
 御殿場ルート(緑色)はスタート地点の標高が低く、走路も比較的なだらかとなっている。しかしその分歩行距離が長く、山頂まで時間がかかる欠点がある。利用者が少ないために山小屋が少なく、しかも等間隔になっておらず配置が悪い。下山道は大砂走りという細かい溶岩に足を埋めながら走ることになる。その間には山小屋もトイレもなく、休憩できるような岩場もないという過酷なコースとなっている。
 富士山のことは何も知らない筆者は、マイカー規制のない御殿場五合目までレンタカーで乗り付け、車内仮眠後、御殿場ルートを日帰り往復するという今思えば過激な日程を考案していた。しかし御殿場ルートは登りに8時間かかるという。これでは日帰り登山は無理だ。それに睡眠不足で高山病の危険がある。
 検討の末、登りは富士宮ルート、下りは御殿場ルートとした。富士宮ルートは前述した利点の他に、富士山の真の頂上である剣が峰に近い。またゴール地点に富士浅間神社の奥宮が鎮座しており、御殿場ルートへの出口も近いのだ。


 富士宮五合目へは麓の新富士駅、富士宮駅からバスが通じているが、富士宮駅発の始発に乗っても五合目到着は7時55分。新富士駅からだと10時30分になってしまう。登りに6時間、頂上滞在に1時間、下山に4時間かかるとすると、御殿場五合目到着は19時を回ってしまう。ところが御殿場五合目から御殿場駅に向かう最終バスは17時45分発。タクシーで15分乗ったところある水ヶ塚公園から19時30分発の富士宮駅行きのバスがあり、これが本当の最終便である。これではあまりにも余裕がなさ過ぎる。登山に無理は禁物だ。登山の基本は疲れたら休む。それでいて暗くなるまでに降りる。19時ともなると夏とはいえ相当暗くなっているだろう。他に水ヶ塚公園までレンタカーで行き、そこからタクシーに乗って、富士宮五合目または御殿場五合目まで移動するという手段がある。しかし疲れている身体で自らレンタカーを運転し、事故でも起こせば大損だ。
 結局、往きはタクシーを利用して富士市から直接富士宮五合目に行くことにした。タクシーの運賃は10000円ほどかかるが、これなら6時30分頃から登り始められるので、おそらく正午には登頂できる。帰りは御殿場五合目発御殿場駅行きの最終バスに乗ることにした。御殿場からは鉄道を乗り継いで戻る。宿泊地は関西から便利な東海道新幹線新富士駅付近とした。金曜日は早い目にチェックインしてぐっすり眠って高山病に備える。不要な荷物はホテルに置いていき、土曜早朝にタクシーに迎えに来てもらって富士山をめざす。そしてホテルに戻り、シャワーを浴びてから祝杯を上げ、ぐっすり眠る。日曜日はゆったりと途中下車しながら和歌山に戻ることにした。
 基本計画はできたので実行あるのみ。登山用のザックと靴、それにストックはすでに持っている。足りない物を買いに行く。綿のジーパンは汗を吸収するが乾きが遅く、重くなるので登山に不適ということで速乾ナイロン製のズボンと同じ理由でメリノ羊毛製の下着も買った。
 当初、7月の3連休を予定していたが、2週間前の「てんきとくらす」週間天気予報では土曜日の天候が登山にやや不適のBとされていたのに、1週前になって適のAとされ、そこで新富士駅付近のホテルを予約したら何処も満室だった。決行は7月21日土曜日とした。金曜日は仕事を定時で終えてから夜に投宿するつもりだったが、半日有給を取り余裕を持ってチェックインできるようにした。

2.富士宮ルートで富士山を目指す
 前日新幹線で新富士にやってきた筆者は、東横イン新富士に投宿した。この6月に開業したばかりで真新しかった。
 4時25分起床。暑くてよく眠れなかった。昨日コンビニで買ったおにぎりとサンドイッチの朝食。
 5時少し前、迎えのホンダタクシーに乗る。客は私だけ。運転手は地元の人だが富士登山の経験はないという。富士山は雲に隠れて見えない。途中黄色い服を着た集団を見かけた。富士山の麓から登山する人達で3日は掛かるという。
 6時5分雲海を抜け富士宮口五合目に到着。晴れ渡った青空に富士の頂上がはっきり見えた。運転手は「今日は日差しがキツいですよ」と言った。運賃は定額で9850円だった。
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↑富士宮五合目(頂上が見える)
 ここですでに標高2350m。寒さを感じたのでトイレで昨日買った長袖アンダーシャツを着込んだ。しかしその後あるツアーリーダーが「これから登りますけどどんどん暑くなりますよ」と言っているのを聞いて脱力した。携帯酸素が1500円。ペットボトルのドリンクが300円で売られていた。しかし何も買わなかった。
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↑五合目から下界を望む
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↑いよいよ登山開始
 任意の入山料1000円を払う。缶バッチを貰える。6時25分、高地順化もほとんどすることなくさっそく登りはじめる。なだらかな土の道を歩き、10分程で六合目。まだ先は長い。
 まだまだ楽勝。ここからは新七合目、元祖七合目、八合目、九合目、九合目五勺と続く。おおざっぱにいえば、それぞれの合目の間を50分歩き10分休憩する感じになる。
 下から山頂を見上げるとそれぞれの各合目の次の山小屋が見える。それはとても近くに見えるのだが歩くととてつもなく遠いものだった。7時25分、新七合目着。人々は山小屋の陰で休憩している。高山独特の紫外線の強さを感じた。
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↑日陰で休む人々
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↑頂上はまだ遥か先
 8時15分、元祖七合目からはストックを利用した。このストックを使うのは初めてである。数年前にに会社の先輩と登山の計画をしていて、そのために購入していたのだが、悪天候のために中止。それ以来自分の部屋で放置されていた。ストックは両手に持つ。ストックは登りには不要との記事も見たが、実際使ってみると、4つ足で歩いているようなもので圧倒的に楽だった。あと日差しを避けるためのサングラスとつばのある帽子は必需品である。
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↑七合目に到着
 9時0分、八合目着。もう行程の半分を過ぎたはずだ。足下は溶岩と砂。植物は生えていない。おそらく虫もいないに違いない。こんな世界に人間がいるのは不思議に思えた。徐々に勾配がきつくなり、道というより、階段いや崖という趣を呈しはじめた。ここで富士山が噴火したらどうなるかとか、ストックで山ガールのスカートを捲ってみようとか、無事に下りた時のビールはさぞ旨いだろうなとか、そのような想像をしなければやっていられないほど、とにかく単調な道で嫌気が差してきた。
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↑八合目から見る雲海
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↑まもなく九合目
 10時0分、九合目着。ここまで600mlのペットボトルで給水していたが、どうやら頂上で飲み干しそうである。五合目から一緒に登ってきた人もこのあたりで見かけなくなった。どうやら休憩を多く取って脱落したようだ。しかし会話を聞いているとペースの速い人には追い抜けれたようでもある。登山者の8割は日本人。しかし外国人も目立つ。中国人が多いようだが、韓国人や欧米人、褐色の肌をした人もいる。富士山は世界遺産となり一気に知名度が上がったようだ。外国人は軽装が多い。それはそうだ。富士登山のためにわざわざ靴やストック等の装備を用意しないからだ。あくまで彼らにとっては観光ポイントのひとつなのだろう。筆者はニュージーランドでマウントクックのトラッキングに行ったことを思い出した。観光客はそのような認識なのかもしれない。
 このあたりから少し寒さを感じるようになったが、ヤッケを着るほどのこともない。着込んだ下着でちょうどいい感じだ。ただし酸素が不足しているのか頭が痛くなってきた。
 11時0分、九合目五勺着。ここから天気が悪くなり霧が立ちこめはじめた。下界の雲海はもう見飽きたが、一応写真に撮る。今回は使用期限の近づいた写ルンですも持ってきていた。写ルンですで撮った雲海はただ真っ白な写真となっていた。腰を下ろすと金輪際動きたくなくなるほど疲労を感じた。長嶋茂雄氏がいう「疲労からくる疲れ」である。標高が高くなるほど休憩時間が長くなるのは誰しも同じで私も例外ではない。昼前なので食事をしている人も多く、カーリング娘のように「もぐもぐタイムが終わらね~」と言っている人がいた。私は昼食は頂上でと思っていたので我慢した。
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↑九合目五勺を目指す登山者
 ここからは頭にアクションカムを取り付ける。最初で最後になるかもしれない富士山登頂の瞬間を動画で記録するためだ。ここからは艱難辛苦の道のりだった。何しろ脚が上がらないので一歩を踏み出すのに時間がかかる。小休止できる岩場があれば腰を下ろした。何人もの人に抜かれた。登山は登りだけに力を出し尽くしてはいけない。下りる体力を残しておかないといけない。無理は禁物なのだ。
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↑まもなく頂上
 重い腰を上げて歩き出し、また休憩するのを2,3回繰り返した。やがて白木の鳥居が見えた。頂上はもうすぐだ。あとで動画を見ると道ばたの岩ばかり映っている。疲れてうつむいていることが多かったのだ。頂上は近くて遠かった。乳酸の溜まった脚を気力で引き上げ鳥居を通過したのは12時を少し回ったところだった。標高3777m、日本最高峰の富士山に登頂したのだ。頂上には山小屋と山頂郵便局、浅間神社奥宮がある。ほとんどの登頂者は達成感と安堵感を顔に浮かべていた。700円のカップラーメンを美味しそうに食べている人もいる。
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↑富士山登頂
 奥宮では交通安全の白いお守りを買い、御朱印を押してもらった。御朱印は相場の3倍近い1000円だが希少価値があるので文句をいう人はいない。奥宮をバックに記念撮影。若い男性にシャッターを頼んだ。彼はどうやら写ルンですを触るのは初めてのようであった。できあがった写真は不鮮明だが昭和の味に満たされたどこか懐かしさを感じさせるものだった。
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↑頂上浅間大社奥宮
 富士山の火口を望む。底には白い雪が残っている。いつの日かここが爆発するのだろうか。
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↑富士山の火口
 さて自分が立っているところは実は富士山の頂上ではなく、ここから50m高いところにある剣が峰が富士山の最高峰なのだ。私はそこを目指すことにした。道は急斜面の砂地で滑りやすく実際難度も滑った。ロープがあれば楽なのだが、風の強いこのあたりにそれは設置できなのであろう。手すりを頼りに登る人が多い。
 剣が峰の入口に苦労して到着した。剣が峰には閉鎖された富士山測候所があり、その前に「日本最高峰の碑」があるのだ。それを撮るために50mほどの行列ができている。当初並んでいた私も、このペースで待っていてはバスに乗り遅れると思い、碑の撮影と記念撮影は断念した。13時に戻る。下りは横の鉄柵を頼りに降りた。
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↑剣が峰にある測候所跡
 ディーゼル発電機の音がうるさい小屋の前で腰を下ろし、乾パンと蜂蜜の昼食。乾パンは軽く日持ちのする完璧な行動食だ。蜂蜜は乾パンにはないビタミンCを補給できる。
 特に尿意はなかったがトイレに行った。トイレは300円と高価だが御殿場ルートでは休憩するところが少ないのだ。

3.御殿場ルートで下りる
 御殿場ルートを下りはじめた。実のところ、御殿場ルートについては詳しいことを調べていなかった。大砂走りがあるのは知っていたがどこで休憩できるのかは知らなかったし、正直下りは勢いで何とかなるだろうとなめていたところがあった。
 下りは溶岩性の赤い土でやたらと滑りやすかった。実際、何度も滑って転けそうになった。追い抜いた男性は「滑ってばかりや」と嘆いていた。やっとたどり着いた赤岩八合館という山小屋は閉鎖して廃屋のようになっていた。
 気を取り直して歩き出した。前述したように御殿場ルートの知識がなかったのでどのあたりで休憩できるのかわからない。4ルートの中で最も長く閑散としているので、行き交う人は少ない。下りる人の方が多いのだが、登ってくる人もいる。今からだと頂上の山小屋に泊まるのだろうか。「それで大丈夫なのだろうか」と思うような軽装の人もいる。
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↑御殿場ルートの山小屋
 やがて砂走館という山小屋に着いた。しかしほど近くにわらじ屋と日の出屋という山小屋がある。わらじ屋で腰を下ろした。「静岡」というビールを飲んでいる人がいる。美味しそうだが、アルコールは水分補給にならないし、酒は下山してからと決めていたので食指は動かない。1泊7900円空き室ありと看板が上がっていた。下界を見下ろすと日本ではあまりお目にかかれないような平原が広がっていて、御殿場の町並みが遠くに微かに見えていた。
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↑砂走館入り口
 日の出屋を過ぎると標高3040mの七合目。ここから登山道と下山道が別れ、下山道は「大砂走り」と言われる細かい溶岩道を走ることになる。
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↑御殿場ルートは基本こんな感じ
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↑ここから大砂走り
 ここからは楽になるだろうと思ったがとんでもなかった。確かに先ほどまでの階段状の道に比べれば速く下りられるが、足が砂にめり込んで、とても疲れるのだ。「大砂走り」といわれるだけあって、走っている下っている人もいる。しかしそれはジョギングのような格好をした軽装であり、私のような重い荷物を背負っている人はなかった。ストックを上手く使って一歩一歩を足を踏み出すしかなかった。
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↑大砂走り、下界は遥か先
 我慢がならないのは休憩するところがないことであった。腰を下ろせるような岩もほとんどない。かといって上から見下ろすと気がつかないほどの急勾配なので、足を止めると却って疲れてしまう。どうにもならないから砂に腰を下ろすしかないのだ。雄大な景色は日本離れしていて、行ったこともないくせに「まるで月面にいるようだ」とか「火星みたいだ」とコメントしたくなるほどであった。遥か先に平らに見える道があっても、近づいてみるとまだ先には道が続いているのであった。道の先に見える建物がおそらく御殿場五合目なのだろうが、一向に近づかない。
 水筒の水を飲み干した。水を手に入れる売店はない。私は気力で脚を動かした。途中、疲労困憊になって脚が動かなくなった女性がいた。しばらくすると赤い消防車のような救護車が登っていった。私もああいう風になるのか。初めてのフルマラソンだった福知山マラソンを上回る苦しみだ。
 下山道と登山道との合流点である五合五勺を過ぎるとようやく砂が浅く勾配も緩く感じるようになった。御殿場五合目らしき建物も現実的な視界に入ってきた。
 「大石茶屋まで400m、五合目まで800m」の標識が現れた。あと少しだ。重い脚も少し軽くなった。御殿場ルートの登りは確かに過酷で不人気なはずだ。五合目から最初の休憩所の大石茶屋までたったの400m。そこから砂地に足を埋めながら2時間も歩いて、短い間隔で3連続の休憩所。そこからは休憩なしで滑りやすい溶岩に気をつけながら頂上に挑まなければならないからだ。
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↑まもなく大石茶屋
 大石茶屋を見た時、まさにそこは砂漠のオアシスのように感じられた。広い敷地のベンチに腰を下ろす。あと400mで御殿場五合目。もう着いたも同然である。頂上の方向を見やり、来た道を振り返るとかなりの急勾配だ。こんな道を歩いてきたのかと思うと感無量というか、自分でもよくやったなと思った。ご褒美にかき氷でも食べようかと思ったが、5分ほど腰を下ろしただけで、また歩き始めた。
 御殿場五合目に着いた。バス停を発見したので時刻表を確認しているとすぐに御殿場駅行きのバスがやってきた。少し離れたベンチには15人ほど待ち客がいた。それぞれ荷物が多いのですぐに満席になった。御殿場五合目をもう少し探索したかったがそんな時間はなかった。バスは定刻17時45分に発車した。揺れるバスの最後部の座席に身を押し込めひたすら目的地に着くのを待った。それにしても咽が渇いた。バス停の近くにあった自販機でジュースを買ったらよかった。少し高かったのでやめたのである。

4.登ったあとで
 約30分でバスは御殿場駅に着いた。売店で買ったお茶で喉の渇きを一気に癒やした。
 18時34分発の沼津行きに乗り、沼津で19時09分発の三島行きに乗った。三島から新幹線こだま679号に乗って新富士に着いたのは19時34分。わずか10分しか乗らないのに860円の特急料金。実は沼津から東海道線の鈍行で富士駅まで乗り、そこから徒歩23分で新富士駅に着く。時間も5分程度遅いだけだ。しかしもう重い荷物を背負って歩くことなど考えられなかった。選択の余地なしと思った。
 泊まった東横インは新富士駅のすぐ前にある。東横インの会員証がそのまま部屋のカードキーとなる。カードキーがないとエレベータに乗れないようになっているが、カードを持つ正規客のあとに付いていく、いわゆるコバンザメを使えばエレベータには乗れてしまう。
 風呂に入ってさっぱりしてから無事安着の祝杯を上げるべく飲み屋に向かう。まずは昨日から目をつけていた「魚民」という店に向かった。もう20時で一次会も終わっている時間でもあるし、外からも空き部屋が見えたのに、お店の人は「本日は予約で埋まっております」との返事であった。カウンターのない個室中心の店だからこういう突然の個人客は歓迎されないのだろう。仕方がないので駅前のビルの2階にある「さかな屋道場」という店に入った。結構混んでいて私が座った席も片付けが終わったところだった。ラストオーダーは22時ですけどよろしいでしょうかと聞かれた。問題ありません。
 まずは生ビールで枝豆で一人で乾杯。このビールは人生最高に旨かった。続いて頼んだマグロの3種盛りは水っぽくてもう一つ。八海山という日本酒でかなり酔った。日本酒とワインはほどほどにすべきだ。
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↑ビールで乾杯
 最後に〆のお茶漬けを頼むともうご飯がないとのこと。やむなく名物の富士宮やきそばにした。しかし出された焼きそばはどこにでもあるような何の特徴もない代物だった。
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↑残念な富士宮やきそば

5.はじめての富士登山を終えて
 御殿場五合目からバスに乗った時は「尋常でない疲れ方だ。もう二度目はない。」と思った富士登山だが、不思議なことに日に日にもう一度登りたくて仕方がないそんな感覚に襲われた。それはおそらく日本一の山に登ったという高揚感に満たされ、疲労を吹き飛ばしてしまったのだろう。疲労の回復が早かったのは、筆者が普段からジョギングで身体を鍛えていたことや、登った次の日に行ったマッサージ師の手腕がよかったこともあると思うが、やはり高揚感や満足感が大きいのだろう。「富士山は見るための山」という考えは撤回した。そこには何か魔力的な魅力がある山なのだ。こうして書いている間にもその時の疲労は頭になく、もう一度登りたいという衝動だけが心を支配し続けた。
 次に登る時は吉田ー須走ルートで山小屋泊まりご来光を仰ぎたい。
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