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追悼・大瀧詠一 [音楽]

 2013年12月31日昼、スーパーの駐車場で何気なくスマホを触っていると、「歌手、大瀧詠一氏死去」とのニュースが飛び込んで来た。自分の第一声は「嘘だろ」。しかしすぐに本当だとわかったので、twitterにご冥福を祈ると呟いた。
 用事を済ませてから、タイムラインを覗いてみると、訃報が続々と出てきた。自分は誰かが亡くなってこれ程のツイートの嵐になるのは初めて見た。

 大瀧詠一

 その名を知るのはおそらく40歳代後半の人だろう。何故、若い人に知名度が低いのかというと、彼はほとんど音楽的活動をしていなかったからである。最新の曲は2003年の「恋するふたり」。今から10年前である。その前は1996年の「幸せの結末」、さらにその前は1985年の「フィヨルドの少女」。確かにこんな間延びした作品の発表では忘れられたり、知らない人がいるのも無理はない。なのにあのタイムラインの嵐は何故か?
 この理由を突き詰めて考えると、1981年に発表した彼のアルバムが余りにも強烈すぎたということだろう。その時に彼のマニアックな音作りや音楽的背景知識に魅了されて、新曲発表が希少でメディアにもほとんど現れないにも関わらず、そのことがかえって彼を仙人的扱いとし、ファンはますます崇拝するようになったのだ。そのアルバムの名は
「ロングバケーション」
 どのように強烈だったのかいうと、まず音作りである。いったいどれだけの楽器の数を使っているのか思うほどの分厚いバックサウンド。まるでナイアガラの滝の水しぶきを耳を澄ませて聞いているかのような豊かな音作りだ。あまりにも抽象的すぎるので具体例を挙げると、大瀧詠一を知らない人でも松田聖子は知らない人はいるまい。彼女の「風立ちぬ」は大滝氏の作曲・編曲である。これでもわからない人は1995年のちびまる子ちゃんのオープニングテーマ「うれしい予感」を思い浮かべてもいい。あのカスタネットを効果的に使った、現代楽器のオーケストラのような音が大滝氏の真骨頂である。それを支えているのは莫大な音楽的知識である。彼はアメリカンポップスはもちろん、日本の民謡や歌謡曲まで豊富な知識を持っていて、それが曲や音作りに反映されるのだ。
 さらに彼の歌声である。歌の上手い人はそれこそ星の数ほどいるだろうが、彼のような独特の高音と個性的な低音を駆使した印象的な歌声は存在しないだろう。例えていうなら、水面が太陽の光に反射して、きらきらと輝いているような声といえようか。彼はスタジオ録音の際には、電気を消し、ドアに鍵を掛け、電話も切っていたというが、そのような恥ずかしがり屋で内気な性格でなく、ルックスにもう少し恵まれていれば、歌手として大いに売れていただろう。
 もうひとつは彼独特の制作姿勢である。ロングバケーションに限らず、彼の作ったアルバムのライナーノーツを見てみるがいい。参加したミュージシャンの名前にいろいろなミドルネームがつけられている。大滝氏自身もいくつか変名を持っていて、何が何だかわからなくしている。ライナーノーツにしても個性的でおもちゃ箱をひっくり返したような楽しさが感じられる。大滝氏の作品は作品数こそ少ないものの、テイク違いやリミックスやリマスターが多い。ロングバケーションにしても数回のリマスターを経ている。これはより完全な作品にしたいという彼の姿勢と、例えばシングル版とアルバム版を全く同じコピー音源でなく、若干の変化をもたせることにより、両方買った人にお得感を提供したいからだろう。ロングバケーションではそうではないが、それ以前の彼は自分の家にスタジオを持ち、ミックスダウンも自らやっていたという経験も作用しているのだろう。
 もちろん曲も素晴らしいのだが、彼の場合は日本ではあまり有名でないアメリカンポップスのメロディーを引用していることが多く、純粋な作曲能力という点では疑問を呈する向きもある。ただし芸術というのは本歌取りといって、すぐれた作品のいいところをとって、よりいい作品を作るという風潮がある。陶芸、絵画では普通に見られる。大滝氏自身、悪びれることなく、それを認めていて、「名曲を下敷きにすると名曲ができる」といっていた。だから作曲能力と書かずに、これは音楽的知識に含めた。
 このような面倒なことを書くよりも、ロングバケーションを買って最初曲「君は天然色」を聞くがいい。買う金がないならYoutubeでもやむ得ないが、圧縮音源では彼の深い音作りは理解できないので、是非Amazonで購入してほしい。
 そんな大瀧詠一氏だが、プロになってからずっとこういう音作りで勝負していたわけではない。ロングバケーションの発売は1981年3月21日。その10年以上前からデビューし、何枚かのソロアルバムの売り上げは惨敗だったからだ。音作りもロングバケーションとかなり違い、ロックンロールやら音頭やコミックソングまでまさにごった煮状態であった。この頃の大滝氏は売り上げなど度外視して実験でもやっているかのようであった。それでも彼の作品には大きな二つの流れがあった。ひとつはロングバケーションのようなメロディーを重視した作品。もう一つは冗談音楽というか珍奇なノベリティタッチな作品だ。彼の才能を知る周囲の人は、メロディーを重視した作品で全面的に勝負することを勧めた。しかし彼はいわれればいわれるほどそれをしたくなかったそうだ。このあたりあまのじゃく的な性格が見え隠れする。
 しかしこの数々の実験的な試みを繰り返したことが、ロングバケーションの重厚な音像を生み出したといえるのではないか。何事も積み重ねが重要なのである。ロングバケーションの制作に取りかかる前の大滝氏は、レコードが売り上げが低迷し、契約が打ち切られ、まさに背水の陣だった。もう実験はできない。作品は周りが勧めるメロディー重視にして、ここはひとつ売れる作品を作ってみよう。曲は昔自分がハマっていたアメリカンポップス調にしよう。音は彼が崇拝する音楽プロデューサー、フィル・スペクターが指向したエコーをフルに効かせたウォールオブサウンド。あの壮大さを表現するにはたくさんの楽器を使ってやろう。そうするにはあのときやったこの手法がいい。こうしよう。ああしよう。と、こんな調子であの名作ロングバケーションが完成していったのだろう。
 大瀧詠一氏を語る上で、外すことができないのは松本隆の詩であろう。松本隆は1980年代最も売れた作詞家で、松田聖子の一連の作品は今日でも評価が高い。大滝氏と松本隆はもともと同じバンドに属していた。はっぴいえんどである。このはっぴいえんどにはのちにYMOで世界を席巻することになる細野晴臣やギタリスト鈴木茂がいた。今考えるとすごいメンバーだが、当時は一般に全く売れておらず、知る人ぞ知る実験バンドであった。そのはっぴいえんどの作品の中でも、松本隆作詞、大瀧詠一作曲の作品が図抜けて出来がいい。このころから両者は、お互いの作り出す詩曲が相性がいいことは認識していたと思われる。
 ところがはっぴいえんどは解散し、細野晴臣はより前衛的なサウンドを指向し、鈴木茂はスタジオミュージシャンとして数多くのセッションに参加した。松本隆はアグネスチャンの作品でいきなり売れっ子の作詞家になった。つまりはっぴいえんどのメンバーで最初に商業的に成功したのは松本隆であった。はっぴいえんど時代の二人はお互いの才能は認め合いながらも、確執もかなりあったようだ。これは有能者同志が仕事をする以上は避けられないことだ。大滝氏としては、成功を収めている松本氏に「一緒に仕事をしよう」とはなかなか口にできるものではなかったのだろう。
 しかしロングバケーション前の背水の陣で挑むとき、大滝氏は、正直言って評価の低かった自分の詩ではなく、松本隆の詩を依頼するのに迷いはなかった。松本氏は全力を挙げて作詞に取り組んだ。ロングバケーションは曲が先にできていたのだが、あまりの素晴らしさに作詞に時間を要してしまった。ロングバケーションの1曲「PA-PPI-DO-BI-DO-BA物語」のみ大瀧詠一の作詞となっているが、これは松本氏の作詞が間に合わなかったからと言われている。
 大瀧詠一氏は音楽的知識が豊富なことは前述したとおりだが、それを端的に証明するのはDJとしての才能だろう。アメリカンポップスはお手の物だし、レコードエンジニアとしても経験が深いので、録音技術に関する特番も担当したこともある。さらにNHK-FMで2度に渡って放送された「日本ポップス伝」は日本の歌謡曲の歴史的背景を走馬燈のようにまとめたものである。また「アメリカポップス伝」もあって、これについては業半場で倒れてしまったのが大変惜しまれる。彼独自の切り口の評論は、彼にしかなし得なかったからである。確かに作品の発表は少なかったかもしれないが、このような番組も作品とするならば、確かに他のミュージシャンとは一線を画した活動といえる。
 そんな大瀧詠一氏だが、彼を崇拝するファンが多いのは、自らの作品をほとんど発表せず、テレビにも出演せず、まれにラジオの特番で出るだけの地下活動をすることで、神秘性が増し、それに引かれたといえるのではないか。まさに希有なアーティストで、歌唱や作品発表がなくても、評論活動ならあと10年は軽くできたはずだ。享年65歳。サラリーマンなら定年後のライフワークに取り組む人もいるはずだ。40歳代にしてすでにライフワークに取り組んでいた大滝氏ならより違う切り口のアメリカンポップス伝ができたはずである。惜しんでも余りある逝去である。
 最後に、自分と大瀧詠一氏との関わりも記しておきたい。彼の曲を最初に耳にしたのは、テレビ番組で太田裕美が歌っていた「さらばシベリア鉄道」であった。もともと自分は鉄道好きであったので、まずはタイトルにひかれた。テレビ放送のバンド演奏であったので、あのナイアガラサウンドではなかったが、曲は印象に残った。この時点では作詞者松本隆は太田裕美や原田真二の詞で有名だったので知っていたが、作曲者大瀧詠一は知らなかった。
 次に姉が持ってきた「今評判のアルバム」としてカセットが「ロングバケーション」であった。そこにさらばシベリア鉄道が入っていて、あのサウンド、特に間奏のギターに大きな衝撃を受けた。
 それだけでは恐らく彼にのめり込むことはなかっただろう。のめり込むきっかけは1982年にNHK-FMで放送された「大滝詠一のハウ・トゥ・トラックダウン」という番組だった。5夜に渡って録音技術の進歩について語るという番組だった。もともと電気技術に興味があった自分は、彼の語る技術論に大いに蒙を拓かせた。また、それまで全く興味のなかった洋楽を聴くきっかけになった。さらにいえば、大滝氏がかなりマニアックな人物だと放送を聞いてわかったことだ。どういうわけか、番組名は「大滝詠一のハウ・トゥ・トラックダウン」なのに、彼は「笛吹銅次ショー」としかいわなかったことである。確かに番組内容はハウ・トゥ・トラックダウンではなく、このタイトルはまずいと思ったのかもしれない。素直に面白いと思った。
 早速レンタルレコードに足を運び、彼のロングバケーション以前のLPレコードをレンタルした。それらの作品はロングバケーションのような軽妙なサウンドでなく、別世界といってよく、全ての作品が気に入ったわけではないが、彼のやりたいことは理解できた。気に入った作品としては、CMスペシャル、ロックンロールお年玉、青空のように、野球狂の歌、クリスマス音頭、あの娘にご用心、といったところ。青空のようには詩をもう少し頑張っていたら売れていたと思う。
 そんな感じでファンになってナイアガラトライアングルを経て、ロングバケーションの続編というべきイーチタイムが1984年3月にリリースされた。まさかこれが彼の最後のアルバムになるとは思わなかった。メディアには、1988年にはナイアガラトライアングルVol.3が、1991年にニューアルバムを発表すると公言していたからである。
 しかし待てど暮らせど、音沙汰なし。他人への楽曲提供とラジオ番組出演とほんのわずかのシングルリリースで存在感を示すだけ。1991年は過ぎ、これも公言していた「2001年ナイアガラの旅」も結局のところ新作ではなく旧作のリマスターに終始した。「結局この人は出す気はないんだろうな」と思った。個人的にはエルビス・プレスリーのカバーをやってくれたら、嬉しかったのだが、それを出すこともなく、そしてアメリカンポップス伝も中途半端な感じで終わってしまった。ただプレスリー(かどうかわからない。とにかくロックンロールだった)のカバーは「山下達郎のサンデーソングブック」で聞いたことがあるので、関係者の承諾を得てリリースしてほしいものだ。
 あと、NHK-FMで放送されたEACH TIME未発表音源もカラオケのままでいいからボーナストラックで付け加えてほしい。



↑ナイアガラトライアングルVol 1結成秘話
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自作真空管アンプ [音楽]

 学生の頃作った真空管アンプを改良することにしました。これを作ったのは1985年頃で、アルバイト先の電気回路に詳しい人に設計してもらいました。もう27年を経過していますが、未だ現役です。もっとも大きなスピーカーで優雅に音楽を聴くよりも、MP3をパソコンで再生することが多くなって稼働時間が減っています。真空管は消耗品なのでこれまで2回替えています。管を替えると音がガラッと変わってしまうのが真空管アンプの特徴です。
 ところで、製作時の真空管ソケットはあり合わせを取り付けたので、接触不良が多く、音質にも悪影響を与えていました。そこで、上京時に秋葉原で金メッキのソケットを購入し、これと交換することにしました。交換といっても、ソケットのコネクタには多数の配線があり結構面倒であることがわかっていたので、交換をためらっていましたが、雨が降って予定がキャンセルになったので、実行することにしました。

■自作アンプの紹介
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なんといっても真空管アンプは怪しくオレンジに光るのがいいですね

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↑アンプ正面
不格好なのは当時の管理人のセンスだから仕方がないです。正面に立派なパネルがついていますが、本体はいわゆる汎用の「ブタケース」です。よく見るとバリもしっかり取れていないし、切り口も直線になっていないし、今ならもう少しいいデザインにするんですけどね。スイッチは市販のプッシュスイッチは操作感がよくないのでキースイッチを採用。ボリュームとヘッドフォン端子がついていますが、これはプリアンプなしで直結した頃の名残で、今は使われていません。外すと格好が悪いのでそのままにしています。

IMG_7463.jpg
↑真空管
前段は12AX7、後段は6CA7です。ただし現在入っているのは互換管で、6CA7ではなくスロバキア製のEL34です。6CA7はドイツのジーメンス製でこちらの方が音がよかったです。

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↑アンプ後面

写真を縮小していてよく見えないですが、加工はそうとう手を抜いています。恥ずかしいです(_  _)

IMG_7468.jpg 
↑改良前のソケット
前段のソケットは金メッキでしたが、製作時点でかなり古かったです。後段のソケットは金メッキではなく、これが接触不良で音が鳴らないこともありました。

■自作アンプの改良
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 まずは底蓋を開けます。ネジも何も止まっていないなかったです。どうやら大げさな正面パネルを取り付けたときに、底蓋のねじ穴の位置がずれているのにやっていなかったようです。そんなことはまるで覚えていなかった。管理人らしい手抜きです。

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↑アンプの中身
アンプの中はこのように配線しています。今の管理人ならもう少しきれいに配線するのですが、今さらやり直す気力もなく、そのまま。ハンダも汚いのですが、やり直す気力もなし。

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↑ソケット周り
ソケット周りの配線はこのようになっています。今回は抜本的改良はせず、ソケットのみの交換となります。ただショートする可能性のある配線は対策しようと思います。

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↑交換ソケット
これが交換するソケットです。2種4個で1980円でした。

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↑ソケットチェック

真空管にソケットを挿入。少し堅いですが、これくらいでないと接触不良が起きるでしょう。

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↑後段ソケットが入らない
配線を外して後段ソケットをはめてみると、入らないことに気づきました。元の穴は30mmですが、ソケットは最大32mmでした。やすりで右と左を削りました。

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↑ソケットが入った
入りましたが、取り付けねじ穴もずれてこれも広げる羽目になりました。とりあえず難関は突破。

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↑最終的な配線
左チャンネル後段に続き、前段ソケットも交換。こちらは穴を広げる必要はなかったです。右チャンネルも左と同様に配線を外しやすりで穴を広げ、元に戻すというのを繰り返します。
写真では省略していますが、ここまで6時間を要しています。

■アンプの動作確認
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↑ソケットを交換したアンプ
 白いソケットと金メッキのコネクタが高級感を醸し出していますね(笑)

IMG_7480.jpg
↑アンプ再起動
 アンプが燃えるのではと心配しながら電源投入。無事にヒーターが点灯しました。そして音出し。これもOK。久々にCDを2枚聴きました。

 真空管を交換しながら、あと20年は頑張ってもらうつもりです。

最後にこのアンプの回路図を掲載しておきますのでご参考まで。
真空管.jpg

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NOBODYスタジオライブ [音楽]

 学生の頃よく聴きました。今でも夏が近づくと聴きたくなります。「CMメドレー」と「モニカ」、アジアリゾートビーチとドバイの街並みをバックにどうぞ。




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このひとすごい [音楽]



演奏より衣装に目がいっちゃうけど・・・。
ピアノとバイオリンと琴を同時演奏。
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阿久悠さんが死去 [音楽]

8月1日16時4分配信 スポーツ報知
【「北の宿から」など作詞家の阿久悠さんが死去】

 5000以上の曲を作詞した“20世紀最大の作詞家”阿久悠(本名・深田公之)さんが1日午前5時29分、尿管がんのため死去した。70歳。兵庫県出身。ピンク・レディーの「UFO」、「サウスポー」、都はるみの「北の宿から」などポップス、演歌、アニメなど幅広く活躍し、数え切れないほどのヒット曲を連発。昭和歌謡史そのものといってもいいほどの存在だった。
--------------------------------引用終わり

 ついこの間、「西城秀樹70'S」というCDを買って、懐かしい気持ちになりました。その中の「ジャガー」という曲が阿久悠の作詞で、この曲を聴いたのはおそらく小学生の時以来ですけど、間奏で秀樹が大仰な台詞を絶叫するシーンが思い出されました。70年代といえば管理人が小学校から中学校の頃。そのころは毎日のように歌番組があって、テレビに釘付けになっていました。そこで歌われる曲には必ず阿久悠が書いた曲が含まれていました。大げさにいえば自分の青春を支配した存在感ある作詞家でした。その後80年代は松本隆が全盛となって、やや影が薄くなったものの「熱き心に」や選抜高校野球大会歌「今ありて」など佳曲を作詞されています。
 阿久悠といえば、作品を一聴すれば、すぐ彼の作品とわかる独特の言葉使いですね。題名のセンスも素晴らしく沢田研二の「勝手にしやがれ」フィンガー5の「恋のダイヤル6700」、そしてなんといっても西武ライオンズ球団歌「地平を駆ける獅子を見た」。それと「スター誕生」での審査員ぶり。あまりのキツイ言葉にオーディションで歌った女の子が半泣きになり、司会の欽ちゃんに慰められるというのが定番でした。

 残した作品はまさに昭和歌謡史というべきで、国民栄誉賞も考慮に値しますが、詩の内容が万人受けするわけではないし、本人も望んでいないのではないでしょうか。

 管理人としては、速やかに手持ちの音源で「阿久悠作品集」を作ることにして、ここに阿久悠氏のご冥福をお祈りしたいと思います。


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坂井泉水転落死 [音楽]

 松岡農水大臣の自殺や、マリーンズの大勝も、今日のこの訃報の前には、個人的には大したことないように思えてしまいます。
 野球中継に熱中していて、普段は読むことのない夕刊を何気なしに手に取ると、「ZARDボーカル(坂井泉水)転落死」とある。
「えっ」
あまりに突然のこと故、どういう反応をしたらいいのかわからなかった。詳細はニュースを参照してもらいたいのですが、子宮の病気の手術に成功し、通院中の病院の階段で転落死したという。復帰に向け創作意欲も充分あったということだから、自殺とは考えにくいです。
ZARDの歌というか、坂井泉水の詩には何度も勇気づけられた。歌は上手とはいえないと思うが、やさしく個性的な歌声。安易に英語を歌詞に入れないことも、好感を持てた。バラードはあまり得意でなく、アップテンポでこそ真価が発揮される希有なボーカリストでした。テレビ、ラジオどころか、インターネットでもなかなか素顔を見せず、ましてライブもほとんどなし。発売されるCDのジャケットのほとんどは「海辺にTシャツとジーンズで三角座り」というイメージ。何の因縁か転落死された時、彼女はその格好だったいう。

管理人が一番好きな歌は
「愛が見えない」
です。詩の出来のいい曲は他にあるけど、この曲の彼女のボーカルを聴いた時に鳥肌が立ちました。

今はとにかく、ご冥福をお祈りするばかりです。


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ミニディスクはどうなる [音楽]

 冬のボーナスが支給される時期がやってまいりました。それで最近よく聞かれるようになったのが、「iPodって何よ。子供が欲しがっているんだけど」という質問。私はそれを持っていないので、「音楽用携帯プレイヤー」としか答えられません。ただしiPodがブームになる以前からMP3プレイヤーは持っていて、まあ似たようなものなんだろうなと思っています。デザインはなかなかイカしてるとは思うけど、私自身は今さら欲しいとは思わないですけどね。
 それはともかく、おかげですっかり影が薄くなっているのがミニディスク(MD)です。管理人は音楽を聴きながらジョギングするのを趣味としています。MDを使っていた頃は不満がありました。まずポータブルといえども重量が重いこと。それとジャージのポケットに入れたまま走ると、音飛びがすること。ステレオで80分しか(管理人は2時間以上走るときがある)収録できないため、やむえずモノラルで録音しなければならないこと、などでした。
 そんな不満はMP3プレイヤーが見事に解決してくれました。音飛びはしないし、256MBならCD4枚分の曲が入るし、電池の持ちもいい上に、軽くてポケットに入ると実にありがたいものです。だから今はMP3プレイヤーは完全にジョギングの友となりました。そういう状況なのでポータブルMDプレイヤーは振動で酷使されたせいもあって、故障し、そのままスクラップとなりました。
 ところが管理人はまだMDを使っています。それはクルマで聴くためです。クルマのCDプレイヤーというのは実に使いにくいです。まずCDの挿入口。パソコンや家庭用デッキのようにトレーが出るタイプではなく、ディスク自身を本体に吸い込ませます。ディスクの両端を持って慎重に挿入しないと、記録面に指紋が付いて音飛びの原因となってしまいます。ちなみにこれはDVDでは特に致命傷となります。それにディスク駆動部分の高さに余裕がないせいか、レーベルにシールを貼ったCDメディアでは読み込めずエラーが出てしまいます。またCDメディアをクルマを走らせながら交換するのは至難で、信号待ちの時に換えるにしてもちょっと難しいです。
 その点MDは楽です。もともとクルマで聴くことを前提として設計されているだけあって、ディスクはケースの中に収まっていて指紋が付くこともないし、少々手荒に扱っても大丈夫です。それはカセットでも同じですが、サイズも小さく邪魔にならないし、CDのような飛び越し選曲も可能です。信号待ちどころが高速運転中でもメディアの交換が不可能ではありません。カセットとCDのいいところを取り入れたメディアといえるでしょう。
 けれどもMP3の普及はMDの普及を足踏みさせました。CDカーステレオでMP3ファイルを再生できるのが増え、CD一枚あたりの収録時間が飛躍的に高まり、メディアの交換回数を激減させました。またMDに録音するにはMDデッキという特別なハードウェアが必要なのに対して、MP3ファイルを作成するにはパソコンと、CDを焼くためのCD-Rドライブだけでできます。今日のパソコンの普及率を考えれば、MP3が優勢なのは当然といえます。それにMDの特徴であった曲名表示もCD-TEXTの実現により、優位ではなくなってしまいました。
 これではMDが衰退していくのは仕方がないといえましょう。それでも管理人はMDを支持します。それはクルマの中で聴くには最適のメディアだからです。たしかにMP3はCDへの収録時間は長いですが、クルマの運転するときは、その時に相応しい曲というのがあります。管理人はその点には拘っていて、先日のクリスマスソングのようなテーマMDを数多く作っております。運転前、あるいは運転中、どの音楽を聴こうかと悩むのはとても楽しいことです。その楽しみが半減する上に、取り扱いも面倒なCDには乗り替える気はありません。
 MDが衰微していくのは避けられないでしょうが、各メーカーにはカーオーディオ用としては簡単に製造販売をやめることがないよう、お願いしたいです。


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クリスマスソング [音楽]

 急に寒くなってまいりました。そろそろクリスマスの鐘の音が・・・ということで、クリスマスソング自選集を作ってみました。クルマの中で聴くことを前提にしているので収録時間はMDに合わせています。邦楽篇と洋楽篇の2本立てです。

クリスマスソング自選集~邦楽篇
1 クリスマスキャロルの頃には 稲垣潤一
2 いつかのメリークリスマス B'z
3 永遠をあずけてくれ DEEN
4 雪のクリスマス ドリームズ・カム・トゥルー
5 Kiss,Merry X'mas 中西圭三
6 ファンキー・クリスマス 中原めいこ
7 クリスマスの扉 須藤薫
8 DING DONG プリンセス・プリンセス
9 恋人がサンタクロース 松田聖子
10 聖なる夜に口笛吹いて 佐野元春
11 クリスマス・イヴ 山下達郎
12 サイレント・イヴ 辛島美登里
13 DEAR...again 広瀬香美
14 12月のエイプリールフール EPO
15 今夜はHearty Party 竹内まりや


 曲を見てわかるように「古いのばっかり」です。齢がバレますね。TR5の中西圭三の曲が一番新しいといっても、もう10年近く前ですからね。新しい曲はすぐ聞き飽きるし、その後も残っていくかどうかわからないので、どうしても自分が追体験した曲を選んでしまうんですね。毎年作り直さなくても、これはこれで完成かなと自負しています。TR15は厳密にはクリスマスソングではないのですが、ケンタッキーフライドチキンのクリスマスセールでタイアップしていた曲だし、敢えて選んでみました。TR12からTR14まで恋人との別れを歌った曲なので最後は明るく行きたかったんです。TR9は松任谷由実ではなく松田聖子バージョンを採用しました。聖子独特の絹を擦ったような艶のある高音が魅力的です。この「恋人がサンタクロース」は他の多くの女性シンガーによるカバーバージョンが存在します。

クリスマスソング自選集~洋楽篇
1 Winter Wonderland - Silver Bells - White Christmas The Carpenters
2 Jingle Bells The Carpenters
3 Sleigh Ride The Carpenters
4 LET IT SNOW, LET IT SNOW, LET IT SNOW FRANK SINATRA
5 SANTA CLAUS IS COMING TO TOWN MICHAEL BOLTON
6 Christmas (Baby Please Come Home) Mariah Carey
7 ALL I WANT FOR CHRISTMAS IS YOU Mariah Carey
8 O Holy Night Mariah Carey
9 Happy X'mas (War Is Over) John Lennon
10 Last Christmas (Pudding Mix) Wham!
11 Hark! The Herald Angels Sing/Gloria (In Excelsis Deo) Mariah Carey
12 Joy To The World Mariah Carey
13 EARLY CHRISTMAS MORNING CYNDI LAUPER
14 MERRY CHRISTMAS BABY BRUCE SPRINGSTEEN and THE E STREET BAND
15 WHITE CHRISTMAS PLACIDO DOMINGO
16 Christmas Song The Carpenters
17 It's Christmas Time - Sleep Well, Little Children The Carpenters
18 I'll Be Home For Christmas The Carpenters
19 Silent Night The Carpenters
20 LITTLE DRUMMER BOY JACKSON 5
21 THE LORD'S PRAYER BARBRA STREISAND

 洋楽篇は本当にスタンダード集という感じです。英語を理解しない管理人ですから、曲だけで判断するんですけど、邦楽篇よりも華やかな感じがします。
 21曲もの大編成ですが、音源となったCDはほとんど以下の3枚だけです。
Superstar Christmas(SRCS 8505)
CARPENTERS CHRISTMAS PORTRAIT(UICY-3250)
MARIAH CAREY / MERRY CHRISTMAS(SRCS7492)

 一番のお気に入りはTR1のカーペンターズが歌っている曲ですね。TR20を歌っているのは若き日のマイケル・ジャクソン。ラヴェルのボレロのようなリズムでドラムを奏でる美しい曲です。


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