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広島東洋カープ25年ぶりの優勝 [野球]

 2016年プロ野球セントラルリーグ優勝は広島東洋カープだった。前年15勝した前田健太がポスティングシステムでアメリカに去り、戦力低下が予想され、Aクラスはともかく優勝は難しいのではないかというのが下馬評だった。
 例年、カープは交流戦を苦手にしていたが、他のセリーグの各チームが軒並み負け越す中、11勝6敗で乗り切った。4月に2000本安打を達成した新井は絶好調で、鈴木誠也という若手のスラッガーが飛び出した。緒方監督が彼の活躍ぶりを表現した「神ってる」は名文句になった。野手陣は前述の新井が、投手陣は日米通算200勝を達成した黒田が精神的支柱となった。外国人は広島で長いエルドレッドがまとめた。ジョンソンに野村の左右エースに豊富な救援陣。打線でも中軸を担う菊池、田中、丸の若いセンターライン、故障者が生じても埋まる分厚い選手層。若手、中堅、ベテラン、外国人すべてが噛み合った。前年は不思議な采配も見られた緒方監督も今年は采配がずばりと的中した。
 すべてがいい方向に向かい、他のセリーグのチームが決め手を欠く中、カープは勝ち進んだ。そしてマジック1とした9月10日、東京ドームジャイアンツ戦で優勝を決めたのだった。
 広島市内はカープの25年ぶりの優勝に酔いしれた。横浜市を本拠地にするベイスターズや千葉市を本拠地にするマリーンズが優勝しても、横浜市民や千葉市民がここまで熱狂するだろうか。あと10年時間が経過してもそうはならないだろう。首都圏に属するこの両市は東京の付録のようなものだからだ。もちろんそれぞれの市民には異論があろうが。
 さて、このカープが優勝できた理由は、広島からFAで一旦は出た新井と黒田が「広島を優勝させるために」帰ってきてくれたことが最大の理由だと思うが、彼らとて優勝の望みのない球団であれば、帰ってこなかったと思う。そうなる気持ちにさせたのは、2007年に新人ドラフトで逆指名がなくなり、クジ次第で好素材の選手が入ってくれるようになったことと、2009年に新球場に移転したことだろう。
 新球場はあくまでも広島市の所有だが、その企画立案においてカープ球団が関与し、プロ球団が使用することを前提とする球場であった。内野にも天然芝を敷いた、まるでメジャーリーグのような球場に仕上がった。旧広島市民球場は街の中心部にあって路面電車でのアクセスには便利だったが、遠方からの客を集めるには難点があった。その点新球場は広島駅から徒歩圏内で、JRを使ってより広範囲の集客が可能であった。東京からはるばるやってくるカープ女子の観戦にも便利になったのだ。このカープ女子の存在は営業面で大きなプラスとなった。筆者は思うにカープの赤いユニフォームが女子の心を刺激したのだと思う。これが「青」だったら成功していたかどうか。
 もともと広島は野球の応援スタイルの発祥地であることが多い。外野席からのトランペットによる応援歌演奏もそうだし、紙テープにかわるジェット風船もそうだ。この創造力の高さが、他の球団にないような球団グッズが作られ売れるようになったのだ。2004年の球界再編以来、ジャイアンツ戦のテレビ放映権料による球団ビジネスは崩壊し、球場の入場者とその広告看板、それと球団グッズが球団収入の柱になったのだ。この変化に対応できたカープ球団が次第に収支を好転させ、より選手の年俸に反映できるようになった。例えば黒田は年俸6億円と12球団最高だ。FA選手を引き留めることもできず、流出されるがままだったかつてのカープでは考えられないことであった。
 新球場効果で観客が増え、ドラフトで獲得した好素材を、伝統の育成技術で鍛える。この好循環により次第に戦力の整ったカープに、かつてのスターが戻ってきた。まさに今しかないというタイミングでカープは優勝したのだ。
 「今年だけはクライマックスシリーズはなしにしてほしい」とは短期決戦に慣れない広島ファンの気持ちだが、今の勢いなら、クライマックスはもちろん、日本シリーズも突破するのではないか。
 あまりにも出来過ぎたシーズンなので、来年は反動も大きく、とてもカープの黄金時代の到来とはいかないだろう。でも浮き沈みはしても、一度つかんだカープファンはカープを見捨てたりしないだろう。きっとまた夢を叶えさせてくれる筈だ。

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