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最後の急行「はまなす」最後のブルトレ「北斗星」乗車記 [旅行]

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 鉄道が陸の王者として君臨していた頃、長距離を移動するには夜行列車を利用するのは当然だった。ことに横になって移動できる寝台特急は特に人気が高かった。それらの列車は青色に塗装され「ブルートレイン」と呼ばれ、人々に親しまれた。ところが近年は新幹線が整備され、飛行機は規制緩和でもはや高嶺の花ではなくなり、高速道路網の整備により夜行高速バスが網の目のように発達し、また格安のビジネスホテルがあちこちに建設された。このような現状では、値段が高くて居住性も低い夜行列車が衰退するのは自明の理であった。夜行列車は毎年のように廃止されていった。
 2014年、定期のブルートレインが生き残っているのは次の二つの列車のみであった。
1.特急北斗星 上野-札幌
2.急行はまなす 青森-札幌

 何故、これらが生き残っていたかというと、通年利用率が高かったからである。
 北斗星は1988年、青函トンネル開通時に首都圏と北海道を乗り換えなしで移動できる夜行列車として設定された。航空機に対抗するため、はじめから豪華さを売り物にしていて、鉄道マニア以外にも固定客が存在する。設定当初は3往復走っていたが、その後より豪華なカシオペアが設定されたのと、北海道新幹線の工事のため、1往復に減らされている。
 はまなすは北斗星と同じく青函トンネル開通時に設定された。青函トンネルのなかった頃、青森からは青函連絡船の深夜便に乗り、早朝函館発の特急で札幌に向かうのが、最速であった。かつては新潟、秋田など日本海縦貫線を走る特急白鳥や、仙台、盛岡など東北本線を走る特急はつかりの最終便に接続し、これらの地域からの固定需要もあった。また函館からの都市間輸送や札幌の近郊の通勤通学需要もあって、はまなすは年中盛況ぶりを示してた。
 ところが2016年北海道新幹線が開業することにより問題が発生した。青函トンネル内は新幹線と在来線と共用で走るのだが、架線電圧は新幹線に合わせられることになった。これにより今まで「北斗星」と「はまなす」を牽引していた機関車が使えなくなってしまうのだ。万年赤字に悩むJR北海道は新たに機関車を購入する余裕はなく、電圧に対応した機関車を導入するJR貨物から借りるのも難色を示した。
 そんな具合であるから、北斗星もはまなすも車両の補修は必要最小限で延命措置を施されている。2014年8月現在、JR北海道の正式発表はないが、このような状況では行き着く先は「廃止」であろう。つまり、最後のブルートレインがついに廃止されるというわけである。
 そうとなれば、鉄道ファンの筆者としては無性に乗りたくなった。最近、同じことを考えている鉄道ファンは多く、特に週末は予約がとりにくくなっているという。ファンの間ではこうした人たちを「乗り納め組」というらしいが、筆者も参戦することにした。
 時期は6月末とした。これは夏至に近くて日照時間が長く、景色を楽しめること、それと学生の夏休み前なので予約が取りやすいためである。
 ただせっかく北海道に行くのに「はまなす」と「北斗星」に乗るだけが目的では面白くないので、現地では余市と洞爺湖に観光、東京では大学時代の旧友に会うことにした。ニッポンレンタカーのキャンペーンでスバルBRZの貸し出しを行っている。しかも嬉しいことにマニュアル車があるという。筆者がマニュアル車に乗るのは教習所以来で約20年ぶりだ。盆休みに大型二種免許を取得に行く予定だから、マニュアル車に慣れておきたかったのである。それに折角のスポーツカーだからマニュアル車に乗らないと損な気がした。
 具体的にはこのような日程となった。
 6月27日(金)
 大阪空港16:20(日本航空)18:05青森空港・青森22:18(急行はまなす)----
 6月28日(土)
----6:07札幌[レンタカーで余市・洞爺湖]札幌(特急北斗星)17:12----

 6月29日(日)
----9:38上野[東京散策・旧友と再会]東京(東海道新幹線)新大阪(阪和線)和歌山
のぞみ自由席を利用予定

 乗車予定の1週前、津軽海峡線で貨物列車の脱線事故があった。北斗星を含む通過列車は運休してしまった。しかし運よく直前で復旧した。

6月27日(金)
 この日は会社に半日有給休暇をお願いした。昼過ぎの阪和線に乗り、天王寺で降り、アポロビル前から大阪空港行のリムジンバスに乗る。15時30分発。15人の客。ICカードはピタパとイコカしか使えない。これを知らないために切符を買いに行ったビジネスマンあり。
 定刻大阪空港着。16時20分発のJAL2157便は機体の到着の遅れのため16時35分発に変更されていた。
 今回は株主優待券をヤフオクで手に入れて普通運賃の半額で購入していた。日本航空の優待券はスクラッチカードになっていて、こすった箇所の番号を予約時に入力する。ちなみに全日空は優待券を空港まで持ってくる必要がある。
 保安検査を終えて15番ゲートへ。16時16分に遅れていた飛行機が到着した。機材はブラジルのエンブラエル製のE170。隣には押しつぶされそうなおばさんが座って窮屈に感じる。
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↑到着した飛行機
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↑大阪国際空港の文字が中国っぽい
 飛行機は定刻に離陸。北に向かって上昇し、左に急旋回。阪神競馬場を眼下に望む。
 水平飛行になり、サービスのコーヒーを飲む。全日空や格安航空では有料になってしまった。でも飛行機はこれがないと面白くない。
 17時20分、機長からアナウンス。高度5800m、速度836km/h。機体はしばらくすると秋田上空を飛んでいた。
 突然隣のおばさんから「お勉強しているんですね」と声かけられた。確かに1週後に控えた危険物取扱者の勉強をしていた。危険物のなんたるかを説明しても無駄だろうから、単に来週試験があるとだけ告げた。「ガンバってください」とのこと。「よ~しやるぞう」とヤル気にはならなかったが、まあ悪い気はしない。
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↑順調に飛行中
 積乱雲を回避していたために着陸は遅れた。18時5分着。
 18時20分、6人の客を乗せてリムジンバスが発車した。ほとんどが市内の途中で降りて青森駅前まで乗り通したのは2人だけだった。18時50分着。
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↑青森空港で待つリムジンバス
 北国の夕刻だけに少し肌寒い。駅から歩いて5分ぐらいにある「青森まちなかおんせん」に行く。入浴料420
円。貸しタオルセット200円。温泉というよりもちょっといい銭湯であった。露天風呂で文庫本を読んでいる男がいた。
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↑青森まちなかおんせん
 夕食は青森名物七子八珍にこだわった。駅近くの「壱乃助」に入る。辛うじてカウンターが空いていた。値段は少々高いが、まあ妥当か。津軽海峡という焼酎をロックで飲む。刺身盛り合わせが届くと、椅子席からおばさんが「おいしそうだね」「こっちでいっしょに飲まない?」と誘われた。どうせ勘定を割り勘にしたりするろくな人達ではないだろうから丁重に断った。21時40分店を出る。
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↑刺身
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↑七子八珍
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↑壱乃助
 「あおもり」の緑の平仮名文字が浮かぶ青森駅。札幌までの乗車券を券売機で買う。8200円もする。何だか距離の割に高いがする。
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↑出発案内
 急行「はまなす」は3番線から発車する。今やJRの急行列車はこの「はまなす」のみである。個人的にはB特急料金を徴収している特急は急行と名乗った方が良さそうに思う。しかしJRとしては特急の方が格好がいいし、沿線自治体も箔がつくということで容認しているのだろう。
 それにしても急行列車。もし急行列車が全廃したら、もちろん特急列車のみになるのだが、特急とは特別急行列車の略である。急行が存在してこそ、その上位たる特別急行の意味がなすということからすれば、大いに違和感を感じる。しかし製造業で急ぎの品物を「特急品」と表記することがあり、別に「急行品」というのがあるわけではない。急行の上位ではなく「特に急ぐ」という意味からすれば、急行がなくとも特急の存在意味があるのだろう。急行が存在しなくても、特急が存在できる弁証法的な解釈はできた。
 長い跨線橋を渡ると、未だに青函連絡船時代の香りが漂う。エスカレータが設置されたりと多少の手直しがなされているとはいえ、新幹線の駅は別の新青森に作られることが決まっていたので、大金を要するお色直しはなされていないからだろう。
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↑白く輝くホームに待つ「はまなす」
 すでに「はまなす」はホームで待っていた。白く明るいプラットホームを走り回る人々。あちこちで車両を撮影している。彼らは私と同じく乗り納め組だろう。かくいう私も同じ行動をとる。彼らをよく観察すると鉄道ファンの濃さが違っていて興味深い。濃いファンは自分自身の写真をほとんど撮らないようだ。
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↑はまなす最後尾
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↑これが廃車となる電気機関車
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↑何故か手書きっぽい形式板
 「はまなす」は青函連絡船の血を引いているだけあって、カーペットカーが連結されている。いわゆるフェリーの2等船室のように雑魚寝ができるのである。しかしこの日は車両点検のため連結されていない。これは予約の段階から知っていた。筆者は大阪ー東京間の「サンライズゆめ」のカーペットカーに乗車経験があった。床が固くてなかなか寝付けなかったのを覚えている。だからカーペットにはこだわりはなかった。その代わりに指定席車が連結されている。しかしこの車両は自由席車と同じ車両でリクライニング角度が浅く快適性に乏しい。本来の指定席車はドリームカーという夜行高速バスのように深いリクライニングができる座席が用意される。同じ料金であるのに差が大きすぎる。最初の予約では4号車とあった。4号車は本来カーペット車である。ドリームカーは5、6号車のはず。JR北海道に電話して確認すると、4号車はその非快適車であることがわかった。翌日、みどりの窓口で号車変更してもらった。
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↑これが非快適車
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↑これが快適なドリームカー
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↑リクライニング角度も深い
 5号車に乗車する。形式はオハ14-508とある。ドリームカーは20年前に急行「まりも」で釧路に行ったときも乗った。けれども座席はその時よりも深くリクライニングする気がある。
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↑急行とはいえブルートレイン
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↑白地の方向幕は昭和遺産
 22時18分定刻、6割の乗車率で発車する。乗り納め組は確かに多いが、そうではない常連客もいて、むしろその方が多い。深夜の青森から青函連絡船に乗り、函館から札幌行きの特急に乗る固定需要は昭和いや明治以来から存在するというが、まさにそれを見せつけれた。距離的には高速バスで十分なのだが、青函トンネルは自動車が通れないし、バスにしては需要が多すぎる。まさに急行「はまなす」は生き残るべくして生きながらえていたのだ。

↑はまなす発車後アナウンス
 22時52分、車内は減光された。座席は深く傾いて快適なのだが、惜しいのは高速バスのようにふくらはぎを乗せる台がないことだ。耳栓、アイマスク、水分補給用にカルピスウォーター。やがて眠りに落ちた。
 青函トンネル内は夢の中だった。

6月28日(土) 曇
 函館到着で起きる。時間は午前1時を回っている。ホームに降りてみる。あまり徘徊している人はいない。ここから先はディーゼル機関車に付け替わる。電気機関車と同時に撮影できる唯一の機会だ。函館で方向転換するのでそれぞれ前後に連結されている。編成の端から端まで歩くことにある。函館駅のホームは大きく曲がっている。
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↑函館で電気機関車を開放
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↑ディーゼル機関車を連結
 普段はB寝台車は2両の「はまなす」だが、カーペットカーの代替措置ということか、増結21号車としてB寝台車が連結されている。外からは伺いしれないが7割は埋まっているようだ。そして本来カーペットカーの4号車には非快適な指定席車が連結されている。ここでも70%の乗車率。ドリームカーのあぶれ組かドリームカーの存在を知らない組のどちらかだろう。ドリームカーの車端にはロビーがあるのだが利用がない。
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↑増結21号車
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↑ロビーもある
 驚いたのは函館からの乗車が多いことだ。それも鉄ヲタよりも常連客が多く、女性二人組もいる。ドリームカーは埋まってしまった。空いていた私の隣も誰かが座った。ただ、青森出発時に棚に荷物を置きに来た記憶があるから、その男は自由席で遊んでいたのかもしれない。自由席車すら7割ほど埋まってしまった。これだけの需要があるのなら、新幹線が函館まで開業しても、函館ー札幌間で夜行列車を運転してもいいのではないだろうか。車両は特急北斗を夜行運用し、グリーン車を指定席、その他を自由席にすればいい。種別は急行が望ましいが、この際特急でもいい。愛称はもちろん「はなます」である。
 函館出発後、再び眠りに落ちた。列車は向きを変え逆方向に走り出した。ただ熟睡はできず、長万部、東室蘭、苫小牧と停まる度に目が覚める。時間調整ならわかるが長万部など3時7分に着き1分の停車だ。深夜に停まってどれほどの乗降客がいるだろうか。
 スマホを充電している間にアンドロイドOSが4.4.4にアッップグレードされていた。
 南千歳通過。外は雨だ。トイレに立つ。洗面所には女子高生がいて手が洗えない。このあたりからは札幌への通勤通学需要も担っている。洗面所は身だしなみを整えるのにもってこいなのだろう。しかし彼女らは急行料金を払っているのだろうか。
 定刻6時7分札幌着。札幌駅周辺は晴れていた。朝食を所望するも、開いているカフェがない。このあたりは東京や大阪との違いを感じる。
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↑札幌に到着
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↑もはや外観は限界
 仕方がないので、コンビニエンスストアーでサンドイッチとコーヒーを買って、ビルの縁石に腰掛けて食べた。
 7時前にニッポンレンタカー札幌南口店に着いた。ここではスバルBRZを予約していた。BRZはトヨタとスバルが共同開発したスポーツカーで、エンジンはスバルの水平対向の技術とトヨタの燃料直噴技術を組み合わせ、製造をスバル、企画をトヨタが行うといういいとこ取りをしている。
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↑ニッポンレンタカー札幌南口店
 いわゆるスポーツカーに乗るのは、マツダRX-7のほんの僅かな時間の試乗以来である。しかも今回はマニュアルミッション車だ。マニュアル車は今年中型免許を取ったときにトラック運転で乗った。しかし公道で運転するのはほとんど30年ぶりぐらいだ。
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↑クルマにご対面
 店には青いBRZが停まっていた。間違いなくこれに乗るのだろう。早速写真を撮る。青い車体は最近のスバルのイメージカラー。今回の旅行はブルートレインの乗り納めがメインテーマ。ご丁寧にクルマまで青い色になったというわけである。先客の家族連れの手続きに時間がかかっていたが、乗車はこちらの方が早かった。
 車両外観チェック。革張りの内装。オドメータは5367kmを示していた。着座はスポーツカーらしく低い。エンジンスタートはクラッチとブレーキを踏みながらスタートボタンを押すことで行われる。1速の隣にあるバックギヤはノブを引き上げることで入れることができる。ETCはグローブボックスの中。ドライブレコーダーはあるらしいがモニターは見つからない。ナビの設定はニッポンレンタカーからもらった地図のマップコードを入力する。まずは余市のニッカウヰスキーを目指す。
 さてマニュアル車の運転の最初の難関は、半クラッチを使ってエンストさせずに始動させることだ。初めて運転するクルマなので半クラッチの位置は掴めないし、アクセルのレスポンスもわからない。一方通行の路肩から発進し、一気に右から左車線に移動した。うまく行った。札樽自動車道で小樽に向かう。それまで何回か信号待ちがありそのたびに半クラッチだ。これは練習になる。
 高速道に入ると、6速の出番だ。札幌は大都市とはいえ、東京大阪のように休日の朝早くから行楽客で混み合うことはない。私は安全運転指向で制限速度の15km/h以上で走らないようにしている。従って、クルマには抜かれまくった。中にはスポーツカーのくせに、と思っている人もいるかもしれない。
 7時52分、金山PAで休憩。同時にもう一度クルマの写真を撮る。音楽はMP3プレイヤーを持ってきていた。グローブボックスから直結用のAUX端子が出ていたのでそれにつないだ。
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↑BRZ前
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↑BRZ後ろ
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↑運転席回り
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↑タコメーターが真ん中にある
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↑インパネ、マニュアル変速レバーがいいな
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↑後席は狭い
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↑低い着座姿勢
 小樽で高速道は終点。ここから国道5号線は小樽の象徴のような運河倉庫を抜けて、やがて切り立った崖のような海岸沿いを走る。
 ナビの指示通りに走った。どこをどう走ったのか覚えていないが、とにかく9時頃ニッカウヰスキーの工場に到着した。すでに大型バスが数台停まっている。
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↑ニッカウヰスキー工場
 ニッカウヰスキーは日本に本格的ウイスキーの製造技術を伝道した竹鶴氏が設立した会社だ。修行に赴いたスコットランドに気候が似ている余市を選んでウイスキーの醸造を始めた。しかし熟成まで時間がかかるので、それまでリンゴジュースを販売して稼いだ。リンゴジュース=果実で大日本果実、略して日果(ニッカ)の誕生である。竹鶴はスコットランドで修行中、現地の女性を娶った。リタというその女性は日本の習慣に戸惑いながらも竹鶴を支えた。
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↑案内板
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↑どうやらこちらが正門
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↑醸造設備
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↑創業時代の事務所
 その予備知識はここに来る前から仕入れていた。しかし来てから分かったことも多い。勉強になった。ウイスキーは製造直後は無色透明で樽の中で琥珀色に変わることを知った。
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↑樽の作り方
 酒の試飲はクルマの運転をしなければならないので、当然ウイスキーは飲めず、リンゴジュースにしなければならなかった。
 次に洞爺湖畔のサイロ展望台を目指すことにした。10時半に出発。
 ここからは山越えとなるので道は曲がりくねっている。BRZはコーナーでもしっかりホールドして曲がる。それでいてサスは柔らかくも固くもなく実に絶妙だ。さすがスバルの面目躍如だ。乗っていて実に楽しい。スポーツカーが欲しくなった。
 11時20分、倶知安。路肩で休憩。ここまで96.6km。
 12時20分、サイロ展望台に到着した。ここまで145km。団体客で賑わっている。観光用ヘリコプターがハンドマイクで勧誘している。
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↑サイロ展望台
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↑洞爺湖の眺め
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↑観光用ヘリコプター
 肝心の洞爺湖の眺めは、素晴らしいものであった。洞爺湖に関してはこの景色を見るだけで十分だろう。曇っているので有珠山はぼんやりとしか見えない。
 ここで食事して引き返してもよかったが、食べたくなるようなものはなかったので、洞爺湖温泉まで走らせることにした。洞爺湖温泉の旅館街に到着したが、レストランというようなところはなかなか見つからない。唯一見つけられた「望羊蹄」に入ることにした。Uターンをかます際、急激な坂での坂道発進となり慣れていないが故にエンストを繰り返した。周りにはほとんどクルマはおらず、恥はかかずに済んだようだ。
 13時10分、湖畔からやや距離のある空き地にクルマを停めて、「望羊蹄」はその空き地の道路を挟んだ向こう側にある。見かけはちょっとおしゃれだ。店内は混んでいる。何の予備知識もなかったが有名店なのか。どうせなら土地のものを食べたいと思ったものだが、メニューはハンバーグのようなものばかりだ。私は1600円のハンバーグセットにした。これでも安い方なのである。味は方はソースはなかなかおいしいと思う。しかし価格に見合ったものではない。完全に一見さんの観光客相手の店だ。後で調べてみると、「望羊蹄」は作家・志賀直哉が命名したのだという。だからこんなに人気があって殿様商売をしているのだろう。
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↑望羊蹄
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↑店内
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↑美味しいけど値段が高いハンバーグ
 やや不満な気持ちで店を出る。この時既に13時40分。北斗星の出発時刻が17時00分だから、16時にはクルマを返却したい。当初予定ではここから札幌まで行く道の途中にある豊平温泉に寄る予定であった。けれどもそんな時間的余裕はなくなってしまった。
 一部来た道を戻り、留寿都、喜茂別、中山峠を通って札幌を目指す。留寿都あたりでは歩いている人が多い。大学のワンダーフォーゲル部だろうか。
 14時45分、道の駅「中山峠」で休憩。ここまで213.8Km。雨が降り始めた。
 立ち寄り予定だったが豊平・定山渓温泉を通過。ここを過ぎると一気に都会色が強くなった。
 15時45分にエネオスで給油。ハイオクを入れるのはおそらく初めてだ。ここまで248.7km。
 道路標示は札幌駅へは直進となっていた。しかしナビは川沿いの道を指示したのでそれに従った。その道は道路を交差する度に小上がりになっていて、停まる度に坂道発進しなければならなかった。練習にはいいが、都会なので後ろにクルマがぴったりとついているので重圧を感じた。
 札幌駅前では道に迷い、交差点でエンストし、恥をかいた。
 16時25分にクルマを返却。すぐに回送用の運転手が現れて、BRZはどこかに消えていった。
 北斗星の出発まであと半時間しかない。まずはお土産を購入。去年の12月に札幌に来たので地下街はよく知っている。ロイドのチョコレートを買いたいところだが、夏で溶けるので採用できない。結局、六花亭で「六花の露」を買うことにした。
 16時50分、ホームに上がり、北斗星の入線を待った。やがてディーゼル機関車に牽引された「最後のブルートレイン」北斗星が入線してきた。シャッターのタイミングが遅れ、機関車の正面を撮ることができなかった。
 「はまなす」同様、写真を撮りまくる。今回は開放B寝台に乗る。個室は予約段階で満室だったからだ。電源車直後の11号車7番下段が与えれた寝台だ。昭和55年新潟鉄工製。作られてから34年を経過している。それでもまだ新しい方である。
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↑ホームで待つ北斗星
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↑機関車ははまなすと共通
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↑金帯で豪華さを表すも古い
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↑食堂車
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↑北斗星最後尾
 一通り車両を見てみたが、個室はまだ空きがあるようだ。函館まで乗ってくるのだろうか。
 私の向かいにはサングラスをかけたばあさんが座っている。開放寝台はほぼ10年ぶり。「なは」で熊本まで乗って以来だ。設備は初めて乗ったときから変わっていない。シーツのついた毛布とJRの柄のついた浴衣。減光のできる寝台灯。迂闊だったのは喫煙車であったことだ。
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↑開放B寝台
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↑寝台灯を点灯
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↑喫煙車なので灰皿がある

↑北斗星発車後アナウンス
 定刻17時、北斗星は動き出した。
 18時00分に食堂車へ。グランシャリオという名前が付いている。ディナーは予約制で7500円のフランス料理のクーポンを購入済みだった。家族連れもいるが、主な客は乗り納め組だった。したがってほとんどの客は料理が運ばれる度に写真を撮っている。かくいう私もそうである。家族連れはご大層な一眼レフで撮っている。一家の長が鉄道ファンなのだろう。満員の盛況である。ウエイターは丸坊主の男と若い頃の小泉今日子に似た女と2名だ。
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↑この通路の先が食堂車
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↑正式名は「グランシャリオ」
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↑ドアにかかる案内板
 料理の方は年がら年中同じものらしく、正直言って7500円の半分ぐらいの価値しかない。ただ定期列車の食堂車で食べる機会はここだけしかないわけだし、希少価値を考えるとしぶしぶ納得するしかない。料理は12000円と高価とはいえトワイライトエクスプレスに軍配が上がる。
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↑お飲み物メニュー
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↑ディナーのメニュー
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↑ワイン
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↑パン
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↑メインディッシュ
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↑デザート
 ビールが620円、白ワインが530円。さらに「北斗星」缶バッチ800円も買った。普段の倹約家はどこにいったのか。大した浪費家ぶりだ。食事の後ラウンジを覗く。北斗星のそれは半室しかなく開放感に欠ける。これもトワイライトエクスプレスに軍配が上がる。
 19時00分に寝台に戻る。スーツを着たメタボな男がたばこを吸っていた。上段客であろう。「北斗星は初めてですか?」と声掛けする。男は初めてだと答えた。私と同じ乗り納め組だった。前のばあさんは北斗星の常連。年寄りにとっては飛行機は歩くところばかりで疲れる。北斗星なら寝ている間に上京できるので便利だと言っていた。寝台列車には確かに固定需要がある。しかし儲かっているかというと残念ながらそうではないのだ。何しろ寝台車は乗車定員が少ない。近年は乗り納め組のせいで切符が取りにくくなっているという。かつては前日でもB個室がとれたという。シャワーも食堂車も一度経験したら十分なので、500mlのスーパードライ2本とつまみを寝台に持ち込んで飲んでいる。確かにその方が安い。私がロシアに行ったことがあるというと、彼女は北海道に住んでいるのでロシアに行ってみたいと言った。こういう反応は珍しい。私が「知らないことを知るのは楽しい」と言及すると、首肯していた。
 21時20分、パブタイムで再び食堂車へ。混んでいて相席となった。むしろそれは望むところだ。さっきと同じ、向かいの男に「北斗星は初めてですか?」と声掛けする。「今月4回目」と彼は答えた。これはもう筋金入りの鉄ヲタである。北斗星だけでなく九州ブルトレを専門に乗っていたのだという。コースターやカーテンがJR北海道と東日本でデザインが違う。JR北海道の方がサービスがいいと細かい点を指摘する。まもなく五稜郭タワーが見えますよとか、ラストオーダーを聞きに来たら、右手にコンビニエンスストアーが見えますよと、常連客らしい情報を提供してくれた。
 上磯付近を迂回しているのは太平洋セメントの工場があるせいだ。江差線に並行してバイパスが走っているが、これはもともと、江差線は廃止するものとして、建設された経緯があるらしい。もし貨物列車がトレインイントレインで新幹線を経由するようになれば、本当に廃止するかもれない。
 彼は渡島大野(新幹線開業後は新函館北斗)から函館間はJR線として残ると言及。私の記憶と違うので、調べてみると、第三セクターによる経営が確定していた。つまり函館駅はJRの手から離れることになる。
 ウイスキーとチーズセットを食べる。それぞれ1340円と1030円だ。他の客はパブタイムが食事みたいでハンバーグのような重いものを食べている。
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↑ウイスキー
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↑チーズ盛り合わせ
 寝台に戻る。既に2名は寝てた。カーテンを閉め、シーツをセットし、浴衣に着替えた。23時に就寝。
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↑B寝台への入口(静寂性維持のため開き戸になっている)
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↑洗面所、一応のリニューアルがされている

6月29日(日) 雨
 4時00分、列車が停まって動いていない。スマホで確認すると前沢駅であった。まだ岩手県南部である。本来なら仙台を通過している時間帯だ。どうやら何かあったらしい。
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↑前沢駅で臨時停車中
 6時00分、「おはようございます」車内放送が始まった。宮城県内の大雨のため、復旧まで9時間以上要するとのこと。北斗星は一ノ関で打ち切り、東北新幹線による振り替え輸送を計画中とのことであった。

↑運転打ち切りのお知らせ
 6時30分の朝食のため食堂車に行ってみる。既に満員だった。もちろん相席である。
+--+ +-+
|BC| |D|
|BC| |C|
+--+ +-+
+--+
|AE|
|AF| F=私
+--+
当初は上のように座っていたのだが、Aの提案により次のように変更された。
+--+ +-+
|BA| |D|
|BA| |F|
+--+ +-+
+--+
|CE|
|CC| F=私
+--+
 私はDの前に座ったのだが、その男は食事中もヘッドホンをしたままで、会話はできずおもしろくなかった。朝食は1650円もするが、これは妥当に思える。ただ前沢駅に手立ち往生したままなので、食堂車の食事としては物足りない。
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↑朝食メニュー
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↑洋朝食
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↑コーヒー
 いったん寝台に戻るも、帽子がないことに気づき、再び食堂に戻ると、"海坊主"によって確保されていた。
 北斗星は一ノ関までのんびり走る。一ノ関では雨が降り、11号車には上屋根がなかった。急ぎ足で新幹線改札口へ。開放された改札に並び、振り替え輸送用の新幹線特急券を受け取る。はやて122号4号車15Cが指定された。列車はすぐにやってきた。7時59分出発。速達列車の「はやて」なのに次のくりこま高原に停車する。
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↑一ノ関に到着
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↑さらば北斗星
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↑振替指定券を求める人々
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↑振替指定券
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↑はやて122号に乗り込む
 通路側なのでコンセントが使えない。ただ使えたとしても床に近いところにあるので、手持ちのスマホ予備電池のコンセントを差すことができない。ここで充電しなかったことが、あとでスマホの電池切れに悩まされることになる。
 なんだかんだいって新幹線は速くて快適である。福島付近は川が濁流となっていたが雨は止んでいた。
 予定より1時間遅い10時00分に上野着。ブルートレイン乗り納めは意外な形で終劇を迎えることになったが、食堂車で朝食を食べられたし、振り替え輸送も体験できたのでまあ満足した。
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↑上野駅といえば行き止まりホーム
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↑地平ホームから高架ホームを眺めるのも乙なもの
 とりあえず、友人と合流するまでは周辺を散策することにした。
 徳川将軍家の菩提寺上野寛永寺を目指すが、そこは上野よりも鶯谷の方が近いことが分かった。寛永寺はあきらめて、上野駅に近い大師堂を目指すことにした。こじんまりとした寺だが、江戸時代は権威があったらしい。参拝をすませ、朱印をもらう。えらく愛想の悪い僧であった。
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↑大師堂
 一駅御徒町まで乗り、東京唯一の朝風呂「燕湯」に行く。450円。ここは2年前の9月に来たことがある。東京の風呂はどこもそうだが湯温が45度と暑い。熱くないと客が怒るのだという。自転車ツーリングで来ている若い衆は脚を浸けただけで逃げてしまった。前回と違い、ペンキ絵が富士山から摩周湖に変わっていた。
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↑江戸の朝風呂「燕湯」
 帰りは東京から新幹線に乗るので、東京駅でいったん途中下車する。ここからICカードで乗車する。首都圏では消費税が8%になってからICカード利用の場合1円単位の課金となっている。東京駅の丸の内駅舎は大正時代仕様に復元されている。
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↑復元された丸の内駅舎のドーム
 新橋で降りる。烏森神社を目指す。都会の中の小さな神社だが、赤、青、緑、黄4色の神印がおしゃれで女性ファンが多い。
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↑烏森神社はビルの谷間
 ご神印は順番待ちだ。支払いは500円と高いが、お守りと「幸飴」というキャンディーがついている。
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↑順番待ちの札
 遠からぬところから汽笛が鳴る。新橋駅では汽笛が時報になってるらしい。
 友人とは13時00分に待ち合わせることになっている。明治神宮まで行っている時間はない。しかし品川に直行するには時間が余りすぎる。近隣の神社を検索すると日比谷神社というところがあるらしい。そこに向けて歩いた。
 交差点の一角にとってつけたような社と鳥居が見える。そこが日比谷神社であった。インターフォンで宮司さんを呼び出した。ここには5年前に移転してきた。マッカーサー道路の建設の際移転を余儀なくされたという。そのマッカーサー道路は日比谷神社の正面からまっすぐ延びている。舗装は新しいので最近開通したらしい。この道路はマッカーサーの指示によって計画されたのではなく、むしろ占領軍は敗戦国には立派な道路は不要と反対していた。
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↑交差点にある日比谷神社
 12時45分品川駅へ。改札前で待っていると、友人Sと無事に合流できた。
 早速、高輪口にある「アンナミラーズ Anna Millers」に行く。ここはアメリカのパイで有名なチェーンと日本の井村屋と提携したカフェだが、供給される料理飲み物より、ウェイトレスの衣装で有名なのだ。まずスカートが短い。そして胸が強調され突き出るような特殊なエプロンを着用していることだ。残念ながら店内は撮影禁止だ。ネットで見ることができるのは、隠し撮りか、衣装を真似したコスプレの写真だ。30分ほど待った。客はヲタも確かにいるのだが、女性同士の待ち合わせにも使っているようだ。
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↑アンナミラーズ Anna Millers入口
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↑ウエイトレスは写せないのでティーカップでも
 撮影できないので、その時の感動は記憶に残すしかない。最初にオーダーを取りに来た女性は特に胸が大きくて可愛かった。話の内容は現況報告。管理職で残業がつかないので早く家に帰るようになったという。
 次に山手線で原宿まで乗り、明治神宮へ。鬱蒼とした森の中にあり、まるで東京ではないようだ。献納された日本酒樽前で写真を撮る人が多い。その対面にはフランスのワインもある。
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↑明治神宮の鳥居
 参詣を済ませ、ご神印もいただいた。五箇条のご誓文と教育勅語が無料で配布されている。明治天皇が考え出された文章ではないが、裁可された文章である。明治の頃の方が日本は国際感覚が鋭く理想に燃えていたようだ。
 おみくじを引く。明治神宮は吉凶ではなく、大御心として明治天皇の御製を渡される。
 その後、山手線、中央線、山手線で上野へ。私は4時間ほど前に立っていた公園口にまたいた。ただ4時間前はいい天気だったのに、今は道路が川になろうかというくらいの大雨だ。ここまで来たのは上野美術館でやっている「キャプテン翼展」を見るためだ。これは友人Sが勧めた。私としては日本サッカー協会博物館のほうが興味があったが、それは封じた。雨足が鈍くなったのを見計らって歩く。着いたのは16時半前。観覧できるのは30分間だけだと言われた。せっかくここまで来たので入ることにする。「キャプテン翼」はそんなに強い興味を持った漫画ではなかった。でもこの漫画がなければ、日本のサッカーのプロ化はずっと遅れていただろう。単純なストーリーで、キャラクターの描き分けももう一つだったけど、まあ1600円の価値はあったかどうかは微妙。
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↑キャプテン翼(昔から思うんだけど顔の描きわけがなあ)
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↑10はメッシ、翼は28、2と8の間には+が入っている
 雨は止んだ。屋上からは東京スカイツリーが見える。
 東京駅に戻る。ここでもう一人の友人Aと合流することになっている。彼は昼間の保護者会で遅れてきたのだ。東京駅で合流することにしたのは、私の和歌山方面の最終便は20時30分であるからだ。
 まだ時間があるので大丸の1階で、家のお土産として銀座ぶどうのバタークッキーと衣しゃを買う。
 18時10分、八重洲中央口で友人Aと合流。すっかりメタボになっている。
 飲み会はグルメストリートの庄屋ニュートウキョウ。まだ時間が早いのか3組ぐらいの客しかいない。Aとは10年ぶり、Sとは5年ぶりの再会だ。時のたつのも忘れて、話しは盛り上がった。都会は生活費がかかり、あまり貯金できない。クルマも中古を乗り継いでいるという。
 手みやげに北海道のお土産「六花の露」を手渡し恐縮された。
 やがて、Sの携帯電話が鳴った。Sの奥さんが近くに来ているので合流するという。現れた女性はなかなか美人だった。
 短い時間ではあったが楽しい時間だった。
 20時10分解散。改札まで見送ってくれた。のぞみ261号の自由席。3号車9Eに座る。さっそくスマホの充電。東北新幹線と違い、こちらはコンセントに支障はない。特急料金は4870円。考えようによってはすごく安い。何しろ5000円払うだけで時間が4分の1に短縮されるのだ。
 車内は混んでいる。東海道新幹線は日本の屋台骨を背負っている。中には重要人物もいるかもしれない。
 新大阪からは緩行に乗り、大阪23時6分発の日根野行きに乗る。日根野で乗り換える。チアガールの格好をした女の子は紀伊で降りた。同じ格好をした2人だが仲が悪いのか口は聞いていなかった。
 030帰宅。風呂に入って、明日の仕事の準備をした。
 こうしてブルートレイン乗り納めの旅は終わった。北斗星が消えるのは仕方がないように思える。残すとすれば車歴が浅くてより豪華なカシオペアの方だろう。そのカシオペアも青函トンネル内の機関車の問題があり、存続が危ぶまれている。カシオペアは例えばかつての「あけぼの」のルートでJR東日本管内だけを走る豪華列車として存続するかもしれないが、やはり北海道を行き先にしないと夢やロマンを乗せることができない。機関車はJR貨物からレンタルしてでも、カシオペアは北海道新幹線の札幌開業までは存続するべきだと思う。札幌まで開業したら、どうせ新幹線いえども所要時間で飛行機に対抗できないのだから、ゆとりを売りにした設備を設けることになるだろう。新幹線は夜行の運転は考えられないから寝台とはいかないが個室の連結はあるかもしれない。
 はまなすについては本文でも述べたが、函館ー札幌間に十分な夜行需要があるので、特急北斗の間合いで夜行便を設定できる。もちろんこれも札幌開業までの措置でいい。利用客が少なければ、そこまで日を待たずに廃止してもいいだろう。
 いずれにせよ、ブルートレインの時代は終わり、自分はそれを見届けた。それだけは確かだ。

追加:
その後カシオペアに乗車しました。URLは下記参照。

「銀色の寝台特急カシオペア乗車記」

http://umayado.blog.so-net.ne.jp/2015-09-26


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